床ワックス
お掃除屋さんなら誰でも一度は使ったことがある「床用ワックス」白っぽい液体を床に塗り伸ばし、乾燥させるとキラっとしたキレイな塗膜が形成され床がキレイに見えるようになります。
そんなワックスですが「どうして塗膜が出来るのか?」ということを考えてみると洗浄の際に塗膜を傷めない洗浄が出来たり、管理が出来たりします。
より具体的な内容は僕も加盟している「ナノテックシステム」という床清掃方法を提唱している団体がありますので、ナノテックシステムの初回講習を受講されたり、会員になればとんでもない深いレベルで学習が可能だと思います。
今日はナノテックシステムとは別の、一般的な視点での塗膜のお話を書いてみようと思います。
塗膜とポリマー
液体が乾いて膜になる。掃除屋さんには当たり前すぎて疑問にも感じない現象であると思いますが、仕組みを知っていると面白いと思います。
ポリマーの働き
床ワックスの主成分の一つであるポリマーは、塗膜の性能を大きく左右する重要な役割を担っています。主な働きは以下の通りです。
- 塗膜の形成: ポリマーは、床面に塗布された際に薄い膜を形成し、床材を保護します。
- 強度と耐久性の向上: ポリマーの種類や配合によって、塗膜の硬さ、柔軟性、耐摩耗性、耐衝撃性などが向上します。これにより、日常的な歩行や物の移動による傷つきを防ぎます。
- 光沢の付与: 特定のポリマーは、塗膜に美しい光沢を与え、床の見栄えを良くします。
- 密着性の向上: ポリマーは、床材とワックス成分をしっかりと結びつけ、塗膜が剥がれにくくする役割を果たします。
- 耐水性、耐薬品性の向上: ポリマーの種類によっては、水や洗剤などによる塗膜の劣化を防ぐ効果があります。
架橋の仕組みと重要性
架橋とは、ポリマー分子同士が化学的に結合し、三次元のネットワーク構造を形成する現象です。床ワックスにおける架橋は、塗膜の性能をさらに向上させるために非常に重要です。
- 架橋の仕組み: 床ワックスに含まれる特定のポリマーや添加剤(架橋剤)が、塗布後に空気中の酸素や紫外線、または反応性の官能基同士の反応などによって結合します。これにより、個々のポリマー分子が網目状に繋がった強固な構造が形成されます。
- 架橋の重要性:
- 耐摩耗性の向上: 架橋によって塗膜全体の結合力が強まり、摩擦による剥がれや削れを防ぎます。
- 耐薬品性の向上: 緻密なネットワーク構造は、洗剤や薬品の浸透を防ぎ、塗膜の劣化を抑制します。
- 耐水性の向上: 水分の浸透を防ぎ、白化や膨れなどのトラブルを防ぎます。
- 塗膜の硬度と柔軟性のバランス: 適切な架橋は、塗膜に適度な硬度と柔軟性を与え、割れにくく、かつ耐久性のある塗膜を実現します。
- 長期的な性能維持: 架橋によって塗膜の構造が安定し、長期にわたって性能を維持することができます。
床ワックスの種類と架橋
床ワックスには様々な種類があり、架橋の有無やそのメカニズムも異なります。
- 自己架橋型: 塗布後に自然に架橋が進むタイプのワックスです。
- 外部架橋剤添加型: 架橋を促進するために、別途架橋剤を添加するタイプのワックスです。
- 非架橋型: 架橋反応を起こさないタイプのワックスもありますが、耐久性などの点で劣る場合があります。
どうでしょうか?こんな働きがあり僕たちお掃除屋さんが普段使っている床ワックスは床を傷から守り美観を維持しています。

架橋が無ければポリマーは結合しないの?
上の僕の下手くそなイラストを見てもらうと「架橋が無いほうがポリマー同士がくっついて結合するんじゃないの?」なんて疑問を感じる方も出てくるのでは?と思います。
結論から申し上げますと、架橋が無くてもポリマーは結合する。でも結合が弱い傾向にある。という事になります。
ちょっと解説してみます。
架橋は、ポリマー分子同士を化学的に結合させる仕組みですが、架橋がなくてもポリマー分子間には様々な物理的な相互作用が働いています。
架橋がない場合、ポリマー分子同士は以下のような弱い力で引きつけ合っています。
- ファンデルワールス力: 全ての分子間に働く弱い引力です。
- 水素結合: 水素原子を介して働く比較的強い引力です(特定のポリマーに限定されます)。
- 双極子-双極子相互作用: 極性を持つ分子間で働く引力です。
- 分子の絡み合い: 長い鎖状のポリマー分子は、互いに複雑に絡み合うことで、ある程度の強度を持つ材料を形成します。
これらの相互作用によって、ポリマーは凝集したり、絡み合ったりすることで、固体やゲル状の物質として存在することができます。例えば、ポリエチレンのラップフィルムは、架橋されていませんが、ポリマー分子同士の絡み合いとファンデルワールス力によって、ある程度の強度を保っています。
しかし、架橋がある場合とない場合では、材料の性質が大きく異なります。
- 架橋がない場合:
- 熱を加えると、分子間の相互作用が弱まり、容易に溶融したり、変形したりします(熱可塑性)。
- 溶剤に溶解しやすい傾向があります。
- 一般的に、強度、弾性、耐久性、耐薬品性などは架橋されたポリマーに比べて劣ります。
- 架橋がある場合:
- 熱を加えても、化学結合が切れない限り、容易には溶融しません(熱硬化性)。
- 溶剤に溶解しにくい、または全く溶解しません。
- 強度、弾性、耐久性、耐薬品性などが大幅に向上します。
例えるなら:
- 架橋がない状態: スパゲッティの束のように、麺同士が絡み合っているだけです。力を加えると、束は崩れやすいです。
- 架橋がある状態: スパゲッティの束を接着剤でしっかりと固定したようなものです。力を加えても、束は簡単には崩れません。
このように、架橋はポリマー分子同士をより強固に結びつけ、材料全体の性能を向上させるために非常に重要な役割を果たします。架橋がなくてもポリマー同士は弱い力で引きつけ合っていますが、その結合力や材料の特性は架橋がある場合とは大きく異なるのです。
架橋の種類
これは知らなくても全く問題ありませんが、「へ~そうなんだ」くらいに頭にあれば面白いかな?と思います。
ポリマーの架橋に使われる物質は、架橋剤(かきょうざい) と呼ばれます。架橋剤は、ポリマー分子同士を結びつけるための反応性の化合物です。その種類は非常に多岐にわたり、使用するポリマーの種類や、どのような架橋構造を形成したいかによって選択されます。
代表的な架橋剤の種類と例をいくつか挙げてみます。
1. 有機過酸化物(ゆうきかさんかぶつ)
- 例:過酸化ベンゾイル、ジクミルパーオキサイドなど
- 特徴:加熱によって分解し、発生したラジカルがポリマー分子間の炭素-炭素結合を形成することで架橋します。ゴムや一部のプラスチックの架橋によく用いられます。
2. 硫黄および硫黄化合物(いおうおよびいおうかごうぶつ)
- 例:元素硫黄、チウラム系化合物、ジチオカルバメート系化合物など
- 特徴:主にゴムの加硫(架橋)に用いられます。硫黄原子がポリマー分子間の架橋点となります。
3. 多官能性化合物(たかんのうせいかごうぶつ)
- 例:ジイソシアネート、エポキシ樹脂硬化剤(ポリアミンなど)、メラミン樹脂、尿素樹脂など
- 特徴:複数の反応性官能基を持つため、複数のポリマー分子と反応して架橋構造を形成します。塗料、接着剤、熱硬化性樹脂などに広く用いられます。
4. 金属酸化物(きんぞくさんかぶつ)
- 例:酸化亜鉛、酸化マグネシウムなど
- 特徴:特定のポリマー(例えば、塩素化ポリエチレン)の架橋に用いられます。金属イオンがポリマー鎖間の架橋点となることがあります。
5. 放射線(ほうしゃせん)
- 例:電子線、ガンマ線など
- 特徴:物質に照射することでラジカルを発生させ、ポリマー分子間の架橋を誘発します。医療用具や電線被覆などの特殊な用途で用いられます。
6. 光重合開始剤(ひかりじゅうごうかいしざい)
- 例:ベンゾフェノン、アシルホスフィンオキシドなど
- 特徴:紫外線などの光を吸収してラジカルを発生させ、モノマーの重合と同時にポリマーの架橋を引き起こします。UV硬化型の塗料や接着剤などに用いられます。
床ワックスにおける架橋剤
床ワックスの場合、使用されるポリマーの種類によって架橋剤も異なりますが、主に以下のようなものが用いられることがあります。
- 金属錯体: 金属イオンがポリマー鎖間の架橋を形成することがあります。
- 自己架橋性ポリマー: 特定の官能基を持つポリマーが、塗布後に空気中の酸素や水分と反応して架橋する場合があります。
- 外部添加型架橋剤: ワックスの種類によっては、性能向上のために別途架橋剤を添加する場合がありますが、具体的な物質名は製品によって異なります。
この辺の知識は「自作でワックスを作りたい!」とか「既存のワックスを消臭に特化したコーティング剤にブラッシュアップしたい」とか偏屈なお掃除屋さん向けの知識でしょうか?たぶんこんなこと考える掃除屋さんはほぼ居ないでしょう(汗)
架橋が溶けたり切断されたワックス塗膜はどうなるの?
塗膜の強度が低下する:
- 柔らかくなる: 架橋によるポリマー分子のネットワーク構造が崩れるため、塗膜全体の強度が低下し、柔らかく、傷つきやすくなります。
- 摩耗しやすくなる: 表面が弱くなるため、日常的な歩行や物の移動によって容易に削れたり、剥がれたりするようになります。
耐久性が低下する:
- 剥がれやすくなる: 床材との密着性が低下し、部分的に剥がれてくることがあります。
- 寿命が短くなる: 全体的に塗膜が劣化しやすくなり、塗り替えの頻度が増える可能性があります。
耐薬品性が低下する:
- 洗剤や薬品に弱くなる: 架橋構造が失われると、洗剤やアルコールなどの薬品成分が塗膜内部に浸透しやすくなり、溶解したり、変色したりする可能性があります。
耐水性が低下する:
- 白化や膨れが生じやすくなる: 水分が塗膜内部に浸透しやすくなり、乾燥後に白い跡(白化)が残ったり、塗膜が膨れたりすることがあります。
光沢が低下する:
- くすんで見える: 塗膜表面が荒れたり、均一性が失われたりすることで、本来の光沢が失われ、くすんで見えることがあります。
粘着性が増す場合がある:
- ベタベタする: 架橋が不完全に分解された場合など、塗膜が部分的に溶けたような状態になり、ベタベタとした感触になることがあります。
よく賃貸物件なんかで、キッチン周辺だけワックスが黒ずんでベタベタする。とか、脱衣場だけまだらにワックスが剥がれている。みたいな現象は上述した「架橋が切断された塗膜」の状態になっていることが多いかと思います。
剥離してみると「ワックスが無いように見えたのに意外と剥がれない、ドロドロが出てくる」みたいな現象が起こるかと思います。
ポリマーと架橋を知っておくと日常の作業も「今俺がやってるのは架橋が切れたポリマーを除去しているんだ」とかちょっと楽しくなるかな?と思います。楽しくないですかね?(笑)
架橋が溶ける、切断される原因
架橋が「溶ける」原因:
一般的に、通常の生活環境下での温度変化で床ワックスの架橋が自然に溶けることは考えにくいです。考えられる原因としては、以下のようなものが挙げられます。
- 極端な高温: 非常に高い温度に長時間さらされた場合、熱によって架橋結合が分解される可能性があります。
- 強力な溶剤: 架橋結合を破壊するような強力な溶剤(通常、家庭用洗剤には含まれません)が付着した場合。
- 特定の化学反応: 意図しない化学反応が起こり、架橋構造を変化させてしまう場合。
この辺りが殆どの原因だと思います。
一般の賃貸物件なんかでワックスがボロボロになるのは入居者さんの清掃不足もあるとは思いますが、お掃除屋さんのワックス前の処理が原因である可能性も否定できません。
剥離や洗浄で架橋を破壊する業務用洗剤(業務用の油洗剤や床洗剤であればほぼ全ての洗剤が架橋を破壊します)がすすぎ切れていない。
先日の記事「お掃除を考える(入門編)」で書いた記事の「濯ぎ」の部分を参照してもらえると分かりやすいです。
床に洗剤が残っているから、床の洗剤分が徐々にワックス塗膜の架橋を傷める。
しかし、全ての原因が掃除屋さんの下処理にあるわけでは無く、入居者さんが洗剤が染み込んだクイックルワイパーを使い続けていた、スチームクリーナーで拭いていた、油っぽい室内なのに掃除をしていなかったなどの原因もありますので、お部屋の状況で原因を考察することが大切だと思います。
他にも架橋がダメージを受ける原因はあります。
1. 紫外線(UV)による分解:
- 特定のポリマーや架橋剤は、太陽光や蛍光灯などに含まれる紫外線に長時間さらされると、化学結合が分解されることがあります。これにより、架橋構造が徐々に破壊され、塗膜の劣化が進むことがあります。特に、屋外や窓際など、紫外線が当たりやすい場所で使用されているワックスに起こりやすい現象です。
2. 加水分解:
- ワックスの成分によっては、水分と反応して化学結合が切断されることがあります。特に、エステル結合やウレタン結合を持つポリマーが使用されている場合、高温多湿な環境下で加水分解が進行し、架橋構造が弱まることがあります。
3. 酸化:
- 空気中の酸素やオゾンなどの酸化性物質と反応することで、ポリマーや架橋剤が酸化され、架橋結合が変化したり切断されたりすることがあります。長期間の使用や、換気の悪い環境下で起こりやすい現象です。
4. 機械的な力(繰り返し負荷):
- 日常的な歩行や物の移動による摩擦、衝撃などが長期間繰り返されることで、架橋結合に徐々に負荷がかかり、物理的に切断されることがあります。特に、交通量の多い場所で使用されているワックスに起こりやすいです。
5. 微生物による分解:
- 天然由来の成分を多く含むワックスの場合、カビや細菌などの微生物が分泌する酵素によって、ポリマーや架橋剤が分解され、架橋構造が破壊されることがあります。高温多湿な環境で発生しやすいため、注意が必要です。
6. 経年劣化:
- ワックスを塗布してから時間が経つにつれて、ポリマーや架橋剤の分子構造が自然に変化し、架橋結合が徐々に弱くなったり、切断されたりすることがあります。これは、材料の宿命的な性質と言えます。
7. 不適切なメンテナンス:
- ワックスの種類に適さない強いアルカリ性や酸性の洗剤を使用したり、研磨力の強いブラシやパッドで強く擦ったりすると、架橋結合にダメージを与え、劣化を早めることがあります。
8. 特定の化学物質との接触:
- 強力な溶剤以外にも、特定の化学物質(例えば、一部の油類や有機溶剤)が長時間接触することで、ポリマーや架橋剤が溶解したり、化学反応を起こして架橋構造が変化したりすることがあります。
これらの原因は単独で作用するだけでなく、複合的に影響し合って架橋の劣化を促進することがあります。
まとめ
床ワックス塗布後にワックスがワックスとしての塗膜を形成し、その効果を発揮するメカニズムがなんとなくイメージできたでしょうか?
ポリマーと架橋の絶妙なバランスによってワックス塗膜は形成されています。
ですので、Beクリーンブログで僕が繰り返し書いているように、床洗浄後にウェットバキュームを使わずカッパギとチリトリで汚水を改修するのは逆に床を傷めるんです。
業務用洗剤で床を洗い、水で濯ぎ(濯がないで洗剤汚水を回収して水拭きだけしてワックスを塗布する業者さんも多いです)、汚水回収、ワックス塗布だと洗剤分は必ず床面に残ります。水分が無くなったとしてもイオンとして洗剤は残留します。
その上にどれだけキレイにワックスを塗布したとしても、ワックス表面からではなく床面側からワックスはジワジワ侵されていきます。
なので歩行線が着いたり黒ずんだり剥がれたりするんです。
架橋を傷めない洗剤というのは本当に数少ないです、ですので一般的な対策としては洗剤洗浄後しっかり濯ぎ(出来れば床面のpHを試験紙で確認してみると良いと思います)、もう一回濯ぎ。その都度ウェットバキュームなど機械による汚水吸引。その後ワックス塗布(水拭きはいらないと思います)。こんな手順でどうでしょうか?
土の地面に水を撒きます。その後どれだけタオルで水分を取り除こうとしたって、どんどん土中に水分は吸い込まれてゆきます。ワックスに洗剤を撒くと同じようなことが起こります。どんどん浸透して架橋を破壊してゆきます。
床ワックスの塗膜を形成する重要なポリマーと架橋についてのお話でした。
どうでしょう?少しワックスについて詳しくなった気がしませんか?
もっともっと深く。詳しく。理論的に学びたい方はナノテックシステムの導入をご検討されることをお勧めします。講師を務める方々は僕なんか話にならないくらい詳しくて知識が豊富な方ばかりです。
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