ミセル、臨海ミセル濃度
掃除屋さんをはじめて数年経つと洗剤への興味が湧いてくることがあるのではと思います?洗剤への興味なんてなくただただ日々の業務をこなす掃除屋さんもいますが、メーカーさんの洗剤の講習会だったり各種団体が開催する技術講習会なんかで勉強したりして「洗剤にも色々あるんだね」なんて興味を持ち始めたりするのではないでしょうか?
洗剤を理解する上で避けて通れないのが「ミセル」というキーワードではないでしょうか?
僕も洗浄理論の講義では必ず説いていいほど解説しています。(でもみんな?????ってなる部分でもあります)
化学式なんかに拒否反応を示す人も多いんです。理解していなくても問題ないし、お掃除は出来ちゃいます。ただ、知っておくと汚れが落ちるメカニズムをイメージしやすくて面白いかな?と思ったりはします。
ミセルとは
ミセルとは、界面活性剤分子が水中で一定濃度以上になると、疎水基を内側に、親水基を外側に向けて会合して形成する球状の集合体のことです。
界面活性剤は、水になじみやすい親水基と、油になじみやすい疎水基の両方の性質を持っています。水中で界面活性剤の濃度が低い場合、界面活性剤分子は水と油の界面に吸着し、表面張力を低下させる働きをします。
しかし、界面活性剤の濃度が上昇すると、疎水基は水との接触を避けるようになります。その結果、疎水基同士が集まり、親水基が水と接するように球状の構造を形成します。これがミセルです。
ミセルの中の疎水的な環境は、水に溶けにくい油性の物質を溶解することができます。この性質を利用して、洗剤や乳化剤など様々な用途でミセルが活用されています。

僕の手書きのイラストで申し訳ありませんが、汚れをミセルが掴む、浮かせる、洗い流せる状態になる。みたいなイメージ図のつもりで書きました。
イメージしやすいのがキッチン換気扇のファンを漬け置きした時。
ある一定になると汚れは落ちなくなり、漬け置きしたファンを取り出し削ったり擦ったりしなければドロドロの油が落とせなくなることが多いと思います。これがまさにミセルが形成され汚れが浮いた状態だと思います。
ミセルの手が足りなくなり汚れを浮かせなくなる。なのでお湯を足すとか洗剤を足して汚れが浮きやすくする。もしくは擦るなど物理的な力で汚れを落としてしまう。
臨海ミセル濃度(CMC:Critical Micelle Concentration)とは
臨海ミセル濃度(CMC)とは、界面活性剤がミセルを形成し始める最小の濃度のことです。
界面活性剤の濃度がCMCよりも低い場合、界面活性剤分子は水中に単分子として分散しているか、水と油の界面に吸着しています。この状態では、ミセルはほとんど形成されません。
しかし、界面活性剤の濃度がCMCに達すると、単分子の界面活性剤の濃度はほとんど増加せず、代わりにミセルの形成が急激に始まります。
CMCは、界面活性剤の種類、温度、塩濃度などによって異なります。
余談ですが、お掃除では「CMC」というと臨海ミセル濃度のことか、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC)という増粘剤として使われることが多い物質のどちらかを指すことが多いかな?と思います。
CMCの特徴
- 表面張力の変化: 界面活性剤の濃度がCMCに達するまでは、濃度の上昇とともに表面張力が低下しますが、CMCを超えると表面張力の低下は緩やかになります。
- 浸透力の変化: CMCを超えると、界面活性剤の浸透力が向上します。
- 溶解度の変化: 水に溶けにくい物質の溶解度が、CMCを超えると急激に増加します(可溶化)。
CMCに影響を与える要因
- 界面活性剤の構造:
- 疎水基の鎖長: 疎水基の炭素鎖が長くなるほど、疎水性が増し、CMCは低くなります。
- 親水基の種類: イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤など、親水基の種類によってCMCは異なります。一般的に、イオン性界面活性剤の方がCMCは高くなる傾向があります。
- 温度: 一般的に、温度が上昇すると界面活性剤分子の運動エネルギーが増加し、ミセル形成が起こりにくくなるため、CMCは高くなる傾向があります。ただし、非イオン性界面活性剤の場合は逆の傾向を示すこともあります。
- 添加物:
- 塩: イオン性界面活性剤の場合、塩の添加により親水基の反発が弱まり、ミセル形成が促進されるため、CMCは低くなります。
- 有機物: 添加する有機物の種類によっては、CMCを低下させたり、上昇させたりする場合があります。
臨海ミセル濃度が高い?低い?洗剤ではどう考えるの?
- CMCが低い:
- より低い濃度でミセルを形成し始めるため、少量で効果を発揮しやすいと言えます。
- 界面活性剤分子が単分子として存在する領域が狭いため、濃度変化に対してミセル形成の状態が敏感に変化する可能性があります。
- 環境への負荷が低い可能性があると考えられます(使用量が少なくて済む場合)。
- CMCが高い:
- より高い濃度にならないとミセルを形成しないため、ある程度の濃度で使用する必要があります。
- 界面活性剤分子が単分子として存在する領域が広いため、濃度変化に対してミセル形成の状態が比較的安定していると言えます。
- 高濃度で使用する必要があるため、コストや環境への負荷が高くなる可能性があります。
具体的な例:
- 洗浄剤: 低いCMCの界面活性剤は、少量で油汚れなどを効果的に落とせるため、好まれることがあります。
- 乳化剤: 用途によっては、ある程度の濃度で安定したミセルを形成する必要があるため、比較的高いCMCの界面活性剤が適している場合があります。
このように、CMCの「高い」「低い」は、その界面活性剤がどのような目的で使用されるかによって、良い特性にも悪い特性にもなり得ます。
ちょっと興味を持ってくれた方向けにさらに詳しく解説します。
上述した説明は分かりやすく書きましたので、ちょっと理屈的な部分が省略されていました。今度はもう少し詳しく解説してみましょう。
ミセル形成のメカニズム
ミセルは、界面活性剤分子が水中で自己会合する現象によって形成されます。この自己会合の主な駆動力は、疎水性相互作用です。
- 疎水性相互作用: 界面活性剤分子の疎水基(油に馴染む部分)は、水分子との接触を嫌います。水分子は疎水基の周りに規則的な構造(クラスレート水)を形成し、エントロピー(乱雑さ)を減少させます。
- ミセル形成の開始: 界面活性剤の濃度が低い場合、疎水基は水との接触を避けるために、水面や他の疎水的な界面に吸着します。しかし、濃度が臨界ミセル濃度(CMC)を超えると、疎水基同士が集まる方が、水との接触面積を減らし、水分子のエントロピーを増大させるため、熱力学的に有利になります。
- ミセルの成長: CMCを超えると、界面活性剤分子は次々と会合し、ミセルを形成・成長させます。この際、疎水基はミセルの内側を向き、親水基は外側を向いて水と接触します。
補足:疎水性相互作用とは??
疎水性相互作用とは、「水中で非極性分子(水と馴染みにくい分子)同士が互いに集まろうとするように見える現象」のことです。
これは、非極性分子自体が互いに強く引き合っているわけではなく、むしろ、水分子の性質と、エントロピー(乱雑さ)を増大させようとする自然の法則によって起こります。
例えるなら、水の中に油をたらすと、油の粒が集まって大きな油の塊になろうとする現象です。これは、油分子同士が特別な力で引き合っているのではなく、水が油を嫌って押し出すようなイメージで捉えることができます。
ミセルの種類
ミセルには、形成される環境や界面活性剤の種類によっていくつかの種類があります。
- 正ミセル(ノーマルミセル): 水溶液中で形成される一般的なミセルです。疎水基が内側、親水基が外側を向いた球状、または棒状の構造をとります。
- 逆ミセル(リバースミセル): 非極性溶媒(油など)中で形成されるミセルです。親水基が内側、疎水基が外側を向いた構造をとります。水溶性の物質を内包することができます。
- ベシクル(リポソームなど): 界面活性剤分子が二重層を形成し、その内側に水溶液を閉じ込めた構造です。球状の膜のような形をしており、薬物送達システム(DDS)などで利用されます。
- ラメラミセル: 界面活性剤分子が平行な二重層を形成した構造です。液晶などの分野で見られます。
- 円柱状ミセル: 比較的高い濃度で形成される、棒状のミセルです。
ミセルの応用例
ミセルはその特性から、様々な分野で応用されています。
- 洗浄剤: 油汚れは水に溶けませんが、界面活性剤が油汚れの周りにミセルを形成し、内側の疎水基に油を取り込むことで、油汚れを水中に分散させることができます(可溶化)。
- 乳化剤: 水と油のように通常混ざり合わない液体を、界面活性剤がそれぞれの界面に吸着し、ミセルや類似の構造を形成することで、安定に混ぜ合わせることができます。
- 可溶化剤: 水に溶けにくい薬物や色素などをミセルの内側に取り込むことで、水への溶解度を高めることができます。医薬品のDDS(ドラッグデリバリーシステム)や化粧品などで利用されます。
- 化粧品: 油性の成分を肌に浸透させやすくしたり、有効成分を安定化させたりする目的で利用されます。
- ナノテクノロジー: ミセルを鋳型として利用し、ナノサイズの粒子や構造を合成する研究が進められています。
ミセルに関連する重要な概念
- 会合数: 1つのミセルを構成する界面活性剤分子の平均数です。界面活性剤の種類や濃度によって異なります。
- ミセルサイズ: ミセルの大きさは、会合数や界面活性剤分子のサイズによって決まります。一般的には数ナノメートルから数十ナノメートルの大きさです。
- 表面張力: 界面活性剤は、水の表面張力を低下させる効果があります。これは、界面活性剤分子が水面で疎水基を空気側に向け、親水基を水側に向けることで、水分子間の凝集力を弱めるためです。CMCを超えると表面張力の低下は緩やかになります。
- 可溶化: ミセルが水に不溶な物質を内部に取り込んで溶解させる現象です。
- 乳化: 界面活性剤が油と水を安定に混合させる現象です。ミセル以外にも、液晶構造などが関与することもあります。
まとめ
どうだったでしょうか?
ちょっと分かりにくかったですかね?
ものすごい乱暴なまとめ方になりますが、汚れに洗剤と水をかけるとミセルというマッチ棒みたいな子たちが頑張って汚れを引きはがしたり浮かせたりして、汚れが溶け込んだ「汚水」って形で汚れを違う場所に移動させてくれているんだよ。って話です。
洗浄理論では汚れを溶かすとか、そういうことも大切なんですけど「浮かせる」「移動させる」という概念がもっと大切であると僕は考えています。
汚れが動かなければ汚れは対象物から無くなりません。
これは一般的なお掃除や消臭でも大切な考え方です。是非日々の業務の中でミセルという小さなマッチ棒みたいな子たちをイメージしてみてください。
コメント